その中心においてはむしろ混沌としている方がいいんじゃないの?

囲炉裏

囲炉裏に燃える炎を見ながら、ぼんやりとこんなことを思った。
私たちが何かを作る根源では、混沌としたエネルギーが常に火種のように、熱く燻っている。
フラットでシンプルな現代の中では、その様な混沌は影を潜めてしまっているかのように見えるが、
何かを作る時の心的エネルギーの中心では、理路整然とされていないある意味、無目的で無方向な過剰さや、偏執的な強さや、情熱が熱く渦巻いている。
全てが無目的で無方向では話にならないが、行為の根底においては分別をつけないままが良いのかもしれない。
大人になり分別がついてしまうと、いろいろなことを経験や知識と照らし合わせて、
このレベルなら作らないでおいて、またの機会につくれば良いと思ってしまうことがままある。
でも、全てが予定調和の中で何かを作るよりも、核となる大切な部分はあえて分析してしまわずに
衝動にまかせて「えいやっ」とやってしまうのが良い様な気がしている。

仕事でもトップダウンの予定調和で作って行くのは案外つまらなくて、効率は決して良くないが、
ボトムアップに行きつ戻りつしながら、混沌の中で作る方が、思いがけないモノが生まれて面白い。
囲炉裏に立つ炎のが、ガスコンロの様に真っ直ぐ燃えていたら、きっとちっとも面白くない。
何処行くのか分からない無方向な揺らぎがあるから、いつまで見つめていても飽きないし、
その混沌とした揺らぎの中にイマジネーションをかき立てる何かがある。

何かを作るその中心においては、むしろ混沌としている方がいいんじゃないかと思う。

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DUMAS DESIGN STUDIOさん
コメントありがとうございます。

そうですね、きっとその様なところから生まれるものは
なにか力があるのでしょうね。
その中心に行けば行くほど、自分という小さな縛りから
より離れて作ることが出来るのではないかと思います。

なかなか、困難なことでもありますが大切にしたいですね。
水色さん、こんばんは。

創造したいと思う原点みたいなところから、出てくるものは、思いがけないくらい良いものだったりするんですよね。
わたしたちも、大切にしたい部分なので深く共感いたしました。
ふぇりち~たさんへ
キャンドルの明かりも、ゆらゆらとキレイですね。
影が伸びるので幻想的な気分になりますね。
そういったものを美しいと感じる感受性や、
インスピレーションや無意識や、感情の根源にあるものや、
混沌や揺らぎ、偶然(必然)など、核となる大切な部分は
何か知り得ぬものがありますね。
その、分からなさ、理論、理屈で片付けられない部分を
分別つけることなく、分からないままに
大切に出来たら良いな、、、大切にしたいなぁと思うんですね。
最近では、炎すら見つめる機会も少ないですけど、
ちょっと気分転換に、ろうそくを部屋に灯してみたりすると、
炎の暖かい色と動きに、心奪われることがありますねー。。
無目的で無方向なのにこんなに美しいって不思議です。
それでいて触れることもできないほど、
内に秘めたるものは熱くて情熱的で・・・・。

何かを創り出す時、創らなければ!!と思って作ったものより
偶然の産物でできたもののほうが、
なんだかステキになったと思うとき、
経験や知識プラス、インスピレーションが
一番大事なのかなーって思うことがありますi-228v-352
店チョーさん、こんばんは。
ちょっとプログレな感じにしてみました。
(はたしてプログレ的なのかは、わかりませんが、、。)
こちらも、ほぼ毎日みてますよ~。
太っちょの妖精がよかったなぁ。。
いやあ。毎回ブログを拝見していますが、今回はタイトルに度肝を抜かれました。意外にワイルドなのですね、水色くんは…。

comment fome

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