水たまり〜ノスタルジーへ

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水たまりに何か心惹かれるのは、きっと私だけではないと思います。
こどもの頃に雨の後に出来た大きな水たまりに長靴を履いて入っていった時の
あの感覚は今でもはっきりと思い出す事が出来ます。
また、今でも雨上がりの水たまりに長靴で入らないまでも
水たまりに映る風景に、はっとさせられることがよくありました。
そこにに映る世界はただの現実の映しのはずなのに、
その世界像から受ける印象はあきらかに現実とは異質な何かを含んでいます。
水たまりに遊ぶとき、そこは異界への入り口として、現実と非現実をつなぐ境界にあります。
そして、私たちを創造性の海へと誘うのです。
上の写真は「コンテクストデザインの1年展」に出品した作品です。
実際に水を張ったアクリルケースの中に「水たまり」の写真を沈めました。
展示中に写真が劣化して水に溶けて行きます。

写真は展示中、偶然に水に溶けて行きました。
偶然が入り込む事で、作品の意味性がより明確に浮き出された様に思います。
思い出せない記憶の様に、カタチの無い世界に写真が溶解して行きました。
思い出せない記憶の総体が私を形成する様に、
映らなかった無数の風景こそが、今ここにある写真を形づくる事もあるのかも知れません。
カタチあるものとカタチのないものの境界は、果たして何処にあるのか、、。
comment
tokoさん、書き込みありがとう。
そうか、そんなふうに作品がリンクするなんてなんだか不思議だね。失われてしまう感覚が水に溶けて行く感覚と繋がっているのですね。深いなぁ、、。
溶けた写真をUPしおきました。
そうか、そんなふうに作品がリンクするなんてなんだか不思議だね。失われてしまう感覚が水に溶けて行く感覚と繋がっているのですね。深いなぁ、、。
溶けた写真をUPしおきました。
comment fome
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この一文、今頃気がつきました!
そうだったのね!おぉ!
幼少時代より、様々なモノが水に溶けていくという夢を繰り返しみていたのです。
水に溶けるということについてとても恐怖感もあれば
(恐らく取り返しのつかない何かを失う気持ちなのでしょう)妙にさっぱりした気持ちになる事もあり、それは過去と今現在との曖昧な接点のアリカをそこに(曖昧なままではあるけれど)決着がつくから、かもしれず…(わからないんだけれど、まぁ、キリがないのでこの辺で…。。。)
とても興味あることなので、ふと止まらず書いてしまいました!!
私にとってもね、色んな意味があるのだと想えてならないのです。
ではでは・・・
透子