内藤礼、佐久島、舟送り

内藤礼 返礼 舟送り

2006年の初冬に佐久島で行われた内藤礼さんの「舟送り」に参加した。
内藤さんの作品は見る(感じる)事がとても困難で、じっくりと作品と向き合わないと、
そこには本当に何も見る事すら出来ない。
実際に、ギャラリー小柳で「舟送り」の小さな土の舟を最初に見たときは、
何かを感じる事ができなかった。
だからこそ、わざわざ佐久島まで出かけてみようと思った。(遠かったなぁ、しかも日帰りで。。)

佐久島の弁天ギャラリーの二階で内藤さんから直接、親指の先くらいの小さな土の舟を手渡される。
土の舟には貝染めされた仄かな紫色の糸が結ばれている。
それを手に皆で海辺まで5分ほどの道のりを歩く。
手の中で小さな舟は頼りなく、壊れてしまいそうなので
そっと、そっと手の上にのせて包み込むようにして運んで行く。

手の中の舟を私が運んでいるいるのか、私が小さな舟に運ばれているのか、
なんだか不思議な心持ちがしてくる。
私という小さな存在も、この小さな舟のように何かに運ばれているのかもしない。
その時、小さな舟は私の魂を乗せる小さな器として私の手の上にあった。
そして、私の身体もこの小さな土の舟と同じだなぁと思った。
結ばれた糸を解き、海の波間に、土の舟を返す。一瞬で波にさらわれ、
何処とも知れぬ彼方の場所へと消えてゆく。

静かに、厳かな雰囲気のなかで50個の土の舟がそれぞれの手の中から海に返される。
その後一人づつ「タマ/アニマ(わたしに息を吹きかけてください)」という海辺に突き出す様に細長く、海水の入った作品に向かって息を吹きかけると、水平線と同じ高さに張られた海水は波となり海に向かって静かに向こう側へと溶けて行った。

確かな何かが分かる訳ではないが、何かを私の中で深く感じる事が出来た様な気がする。
その何かは上手く、言葉にはならないし、きっと言葉の外側にある何かだ。
そして、その言葉にならない何かが作品だとしたら、
在るのか無いのか分からないような何かに寄り添うしかない。それは祈りとよく似ている。
内藤礼の作品は強度と同時に困難さを内包して奇跡の様にそこにある。

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もやいさんのブログ、いいですね。
また、そちらにもお邪魔します。

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