日曜日、午後4時半、四谷ひろば

四谷ひろば

日曜日、午後4時半。蒸し暑い夕方にcokiyuさんと妻と3人でギャラリーの下見に四谷ひろばへ向った。なにも展示が無い日だったので、空っぽの空間がイメージをほのかに刺激してくる様だった。
100年分の建物の記憶が、壁の傷や、空気の重み、すり減った柱の角などに宿って居る。
がらんとした空間にセミの声や、換気扇の音、湿った空気、反響する足音など、それらの質感が強く感じられる。なにも無いことがかえって空間の情報を雄弁に語りかけてくる。
本来ホワイトキューブのギャラリー空間は何も無い事を前提にして、作品が空間を埋めるものなのだが、なにも無いままに外の世界を「遠い声」として聴くことで開かれて行く感覚もあると思った。

cokiyuさんが響きを確かめる為に空間に向って歌う様にそっと声を発すると、空間の表情ががらりと変化する。その周りの空気だけが白さを増したような、涼しい風か吹き込んだような気がした。
ほんの短い時間でしたが、なんとも印象に残る瞬間。空間の記憶と今この瞬間が空気の振動の中で交差したようだった。

暑い中だったけれど、足を運んだ甲斐がありました。

うみの日ライブ |October Babies

LIVE

先日、7月21日の海の日にオクトーバー・ベイビーズのライブに行ってきました。
うみの日にちなんで、みんなマリンルックで登場。とてもRockで熱いライブでした。
TOKOさんの歌はソウルに溢れていて、やはりステージに立つ人だなぁと改めて思いました。
オープニングアクトの井上侑さんの歌うIt's Too Lateも印象的でしたね。とても楽しいうみの日ライブでした。 もう、アメリカに着いたかなぁ、、?

にほんの味:うめぼし

うめぼし

我が家で妻が初のうめぼし作りをしました。
店チョーと母にアドバイスを貰い、カビの危機もなんとか乗り越えて無事に完成です。
カビがちょっとだけですが発生したので、早く干したかったらしいのですが、
土用干しというだけあって、天気のいい日を選んでいたら、必然的に土用の時期に干す事になりました。シソは入れずに白干しになりましたが、なかなか、美味しくでましたよ。

保存食には、その土地の風土や文化がにじみ出ているようで、とても心惹かれます。
土用干しというネーミングにしても、そこに、生活の知恵がそのまま生きているようです。
そんな、風土に根ざした時間の積み重ねが、うめぼしの味を作って来たのかも知れませんね。
食べるミームといったところでしょうか、、?

にほんの夏の夜の夢:盆踊り

盆踊り

盆踊りの季節です。
湿気の多い日本の夏には、このゆったりと静かに白熱して行く感じが良く合っています。
鳴り響く和太鼓のリズムに乗って、ぐるりと川の様に流れて行くこの輪の中では、おばあちゃんも若者も子供もなんの隔たりもありません。
浴衣姿に交じってサラリーマンやOLさん達が輪の中に居ても、違和感を感じさせない様な大らかさがあります。この大らかさこそが、盆踊りが現代でもこんなに沢山の人を惹き付けている要因の一つかもしれません。

輪の外から眺めてみると、踊る人の影になにか不思議な力が宿っているように見えました。
広場の中央のやぐらに光が灯り、輪の外側に広がる影は彼岸に向って伸びているかの様です。
昔なら、輪の外側は夜の闇に溶けて行き、そしてきっと、中央のやぐらは焚き火の明かりが
ゆらりゆらりと揺らめいていた事でしょう。また、その焚き火は迎え火でもあったはずです。
踊る人の影が先祖達の影と何処かで交差していたとしても、不思議なことではない気がしてきます。
この踊りの大らかさが、夏の夜に「こちら側」と「向こう側」との境界を曖昧にしているようなそんな印象を受けました。

わたしたちが何かを思い浮かべるとき、今ここに無い「向こう側」の世界に触れている。
昨日観たテレビも、遠くの誰かも、月の裏側も、あらゆる思い出も、今ここにはないが思い浮かべることが出来る、そして、今ここに無い何かを思い浮かべる事ができるからこそ、「向こう側」の世界があるとも言えるのではないか? だとするなら、「こちら側」と「向こう側」を隔てているのも、繋いでいるのも私たちの意識そのものなのか?
また、イマジネーションは常に「向こう側」に向って開かれている、そして誰もがイマジネーションの縁に立って、今ここに無い何かを思い浮かべることができる。

盆踊りの揺れる影がそんなことを語りかけて来たようだった。

自然のデザイン、きゅうりの葉から感じたこと。

きゅうり

夏の畑に来たのは、ずいぶんと久しぶりのこと。植物の色々なカタチに改めて目が惹き付けられた。
きゅうりのつるがくるくると空中に螺旋を描いてる様子などはなんとも可愛らしい。
葉にもつるにも産毛が映えていて、葉を手でそっと触ると予想に反して触感がシャリシャリ、パリパリとしている。産毛が細い刺の様になっていて、青虫に食べられない様になってる。
自然が長い時間の中で、それぞれに適したカタチになっていることが手の平を通して伝わってくる。
凝縮された時間が産毛の一本一本に宿っているようだった。
素朴に、自然っていいなぁと思いました。

地上1センチメートルの宇宙

夜空

夜、ビルの谷間を歩いていて、ふと頭上を仰ぎ見るとそこには夜空が広がっている。
改めてじっくり見上げてみると、何一つ遮るものもなく、ここから宇宙空間へと繋がっている。
頭上には無限に広がる空間がぽっかりと口をあけている。
無限の中に私が吸い込まれてしまわないのが不思議なくらいに思えてくる。
そして、足元を見れば地面は地球そのもので、地球の上に立っている私を発見する。

それらはしごく当たり前のことなのだけれど、ちょっと意識の傾けた方をかえると、
見慣れた夜空も地面もそびえ立つビルも街を照らす明かりも行き交う人々も
何処か見知らぬ惑星の上の出来事のような気がしてくる。

地球の上に立って、宇宙空間の下に居ることを忘れないでいようと思った。

やもりあらわる。

ヤモリ

目の端になにか黒いものが動いたのを感じたので、ふとベランダに目をやると、壁にヤモリが張り付いていた。動くモノって全然見ていなくても、90度くらい目の端にあるとしても、なんとなく感じている様です。ヤモリもこちらの動きを警戒して、じっと動かずに息を殺してします。
この小さな生き物と私と、お互いに気配を感じているんですね。
意思が通じた様な不思議な気持ちです。お互いの触手が気配を探り合っているようです、
ちょっと気を緩めた瞬間に、一目散に逃げて行ってしまいました。
普段、そんな感覚があることを意識していませんが、ちょっとしたことで眠っている感覚が開かれることもあるのでしょう。
ヤモリは、目には見えない、そんな気配の森の中で暮らしているかもしません。

目に映る東京タワーは、心の中にある東京タワーと同じ東京タワーか?

東京タワー

霧に隠された東京のシンボル。
東京タワーを思い浮かべた時、私たちの心にぼんやりと浮かぶ東京タワーのイメージは、
青空の下で仰ぎ見る、鉄骨の1本1本が鮮明に浮き彫りになった実物よりも、
この不鮮明な光景の方がずっと近いような気がした。
記憶の中に格納されたイメージは、曖昧なカタチを与えられてぼんやりと、あやふやに
抽象性の中へ溶けて行く。
誰かの顔を思い浮かべるときも、細部を鮮明に記憶している訳ではなく、ある印象の総体として
抽象化された人物像が、ありありとした個性を持って心に中に形づくられる。目の前にある東京タワーも、私たちの中でそれぞれに、抽象化された曖昧なカタチとして存在している。

はたして、目に映る東京タワーは、心の中にある東京タワーと同じ東京タワーなのだろうか?

October Babies |オクトーバー・ベイビーズ・ライブ

toko_san

お友達のTOKOさんのバンド October Babies が来日します。
アメリカのインディーズ・シーンでも話題のバンドで注目度大です。

“インディーズジャンプ・フェスタ08”
2008.7.18(金) 8:30/19:00  下北沢Cave Be
田中/October Babies (ゲスト:Satchel Jones)/美生/モアモア/他

“うみのひライブ08”
2008.7.21(祝) 18:30/19:00 下北沢440
共演: サッチェル・ジョーンズ/井上侑

“October Babies in Osaka Summer 08”
2008.7.26(土) 18:00/18:30 大阪 十三 CLUB WATER

詳細はオクトーバー・ベイビーズのサイトでご覧下さい。

Powered by FC2 Blog
Copyright © mizuiro design Inc. All Rights Reserved.
GraphicWebArtGUIDesign