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見ることについて

吉澤美香

ずっと気になっていた作家の絵を、部屋の壁に掛けることにしたのは、もう15年も前のこと。
掛けるといっても結構大きな絵だったので、当時住んでいた6畳一間のアパートの壁一面がその絵で埋まってしまった。それからというもの、毎日眺めることになるのだが、今でも見飽きると言うことがない。

絵を壁に掛けることが「見る」と言う事と向き合うスタート地点となった。
それまで閉じていた目をやっと開いたようなものだようなものだ。
「見る」ということは、容易なことのようだが、思いのほか難しいことでもある。
視覚的に見るというのなら、なんの事はないが、その先を見ようと思うと、
これがなかなかやっかいで、突如として「見る」と言うことの困難さと直面することになる。

自分がなにを見ているのか?目に映る対象からなにを感じ、何を思うのか?
そして、作家がなにを感じ、何を考え、そこに何を見ようとしていたのか?
絵を前にしたとき、この二つの視点の間に立たされることになる。

しかし、どんなに必死に見ても、あるいは長い時間をかけようとも、逆立ちして見ようとも、
見渡すことすら容易ではなく、ほんの一部をやっとの思いで見ることしかできないのだ。
また、見たと思ってもそれは検討違いな事もあるかもしれない、それなのに答えは何処にもない。
そこに、正解などなく、もちろん、終わりがある訳でもない。
ただ、分かり得ないということと、静かに向き合うしかないのだ。

また、「見ること」と「知ること」は別のことでもある。
インターネットで調べれば、その作家や作品のいろいろなことを知ることができる。
しかし、それは逆に「見る」ということ妨げることにもなりかねない。
情報が溢れている現代において、「見る」ということに寄り添うのは、なんとも難しい。
そして、「見る」と言うことは、その本質において「創造」すると言うこととイコールで結ばれているように思う。

※画像は吉澤美香さんの作品:へ - 16(部分)
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