その中心においてはむしろ混沌としている方がいいんじゃないの?

囲炉裏

囲炉裏に燃える炎を見ながら、ぼんやりとこんなことを思った。
私たちが何かを作る根源では、混沌としたエネルギーが常に火種のように、熱く燻っている。
フラットでシンプルな現代の中では、その様な混沌は影を潜めてしまっているかのように見えるが、
何かを作る時の心的エネルギーの中心では、理路整然とされていないある意味、無目的で無方向な過剰さや、偏執的な強さや、情熱が熱く渦巻いている。
全てが無目的で無方向では話にならないが、行為の根底においては分別をつけないままが良いのかもしれない。
大人になり分別がついてしまうと、いろいろなことを経験や知識と照らし合わせて、
このレベルなら作らないでおいて、またの機会につくれば良いと思ってしまうことがままある。
でも、全てが予定調和の中で何かを作るよりも、核となる大切な部分はあえて分析してしまわずに
衝動にまかせて「えいやっ」とやってしまうのが良い様な気がしている。

仕事でもトップダウンの予定調和で作って行くのは案外つまらなくて、効率は決して良くないが、
ボトムアップに行きつ戻りつしながら、混沌の中で作る方が、思いがけないモノが生まれて面白い。
囲炉裏に立つ炎のが、ガスコンロの様に真っ直ぐ燃えていたら、きっとちっとも面白くない。
何処行くのか分からない無方向な揺らぎがあるから、いつまで見つめていても飽きないし、
その混沌とした揺らぎの中にイマジネーションをかき立てる何かがある。

何かを作るその中心においては、むしろ混沌としている方がいいんじゃないかと思う。

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